日本のSDGsとジェンダー|松下教授シリーズ
[著者紹介]
松下 和夫(京都大学名誉教授)
環境行政、特に地球環境・国際協力に長くかかわり、国連気候変動枠組条約や京都議定書の交渉にも参画。持続可能な発展論、環境ガバナンス論、気候変動政策・生物多様性政策・地域環境政策などを研究。
◆松下 和夫 公式サイト
日本のSDGsへの取り組みの世界での評価は?
©The UN Sustainable Development Solutions Network (SDSN)
今や日本ではSDGs(持続可能な開発目標)が一種のブームになり、政府をはじめ企業や自治体もSDGsに関連する色々なイニチアチブを立ち上げています。それでは世界の中で日本のSDGsの取り組みはどのように評価されているでしょうか。
2021年6月に公開されたSDGsの達成度・進捗状況に関する国際レポートSustainable Development Report 2021(持続可能な開発レポート)では、165カ国の取り組みを分析し評価しています。
2020年は新型コロナウイルス感染症の拡大により貧困率と失業率が増加したため、SDGsの発効以来、初めて世界的に取り組みが停滞しました。このため、米コロンビア大学のジェフリー・サックス教授は、「新型コロナウイルスからのより良い復興を遂げ、さらにSDGsの達成に向けて社会を前進させる『ビルド・フォワード・ベター(Build forward better)』を実現することが重要だ」と語っています。報告書は、SDGsの目標年である2030年まで10年を切るなか、持続可能でより安心して暮らせる未来に向け、世界が共通して抱える課題の解決のために行動を加速させる必要があることを強調しています。
国別のSDGs達成度ランキングでは、1−5位までをフィンランド、スウェーデン、デンマーク、ドイツ、ベルギーの欧州勢が占めています。一方、日本は18位で、一昨年の15位、昨年の17位から連続で順位を落としました(表1)。
(表1)SDGs達成度ランキング2021|Sustainable Brand Japan
© Hakuten Corporation
日本の取り組みが遅れている分野として、ジェンダー平等や気候変動対策、陸上や海洋の生態系の持続可能性、パートナーシップ(ODAなど)が最大の課題とされています。なかでもジェンダー平等への取り組みは著しく立ち遅れています。
そこで本稿ではジェンダー平等の課題について考えてみます。
ジェンダーとは何か
ジェンダーとは、「社会的・文化的に形成される性別」(広辞苑)で、生物学的な性別とは異なります。各国での性別に関する役割や価値観は、それぞれの社会や文化の中で伝統的に形成され固定化されてきたものであり、それが無意識の偏見につながっています。その結果、社会における女性の地位を不当に低く押しとどめてきたのです。
その特徴として、①ジェンダーとは社会的に構成された概念であること、②文化・時代により変化するもの、③ジェンダーの概念により男女の人生に不平等が存在すること、があげられます。ジェンダー平等という目標を達成するためには、法律の改正や政策措置の導入も必要ですが、ジェンダーが社会的・文化的に形成されていることから、根本的な価値観の転換も必要です。
なぜジェンダー平等が重要なのか
SDGsの目標5にはジェンダーの平等と女性の能力強化が謳われています。ではなぜSDGsにおいて、ジェンダー平等が重要な目標(課題)とされているのでしょうか。
ジェンダー不平等とは、生物学的な性別によって、社会において平等に扱われないことをいいます。そして、ジェンダーの平等は基本的人権を守ることと同じであり、そのほかの目標を達成するうえでも欠かせない重要な要素なのです。
「ジェンダー平等」とは、ひとりひとりの人間が、性別にかかわらず、平等に責任や権利や機会を分かちあい、あらゆる物事を一緒に決めることができることを意味しています。
今の社会では、個人の希望や能力ではなく「性別」によって生き方や働き方の選択肢や機会が決められてしまうことがあります。そこで、世界中で、法律や制度を変えたり、教育やメディアを通じた意識啓発を行うことで、社会的・文化的に作られた性別(ジェンダー)を問い直し、ひとりひとりの人権を尊重しつつ責任を分かち合い、性別に関わりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる社会を創るための取組が行われています。
「ジェンダーの平等と女性・女の子のエンパワ-メント(能力強化)」は、SDGsの重要なテーマで、SDGs全体の目的でもあります。またSDGsの17の目標(ゴール)をすべて実現するための「手段」でもあります。さらにそれ自体が一つの独立した「目標」(目標5、SDG5)としても重要です。そしてジェンダー平等は、すべての目標に関わっています。だからこそ、それぞれの目標について、男女別のデータを分析して、女性と男性にどのような影響があるか、女性と男性が平等に恩恵を受けられるかを考えて、すべての政策、施策、事業を企画・実施していくことが重要です。これを「ジェンダーの主流化」といいます。
ジェンダーの主流化の一例として、気候変動とジェンダー平等を考えてみましょう(以下の事例はコロナ禍にも当てはまります)。
元アイルランドの大統領で元国連人権高等弁務官のメアリー・ロビンソンさんは、「気候変動問題は人権問題であり、人権とジェンダーの平等が気候変動対策の根幹です」と言っています。
なぜならば、気候変動の影響は貧困層により深刻な影響を与えますが、世界の貧困層の大半は女性です。ところが各国の政策を決定する指導者のうち女性はごくわずかで、意思決定プロセスへの不平等な参加によって、さらに不平等が悪化し、気候関連の計画、政策立案、および実施に女性が貢献することを妨げています。
もし女性が政治によりよく参加できれば、市民社会のニーズへ優れた対応ができます。そして党派や民族の枠を超えた協力の強化と、持続可能な平和をもたらすことができます。逆に、女性の有意義な参加なしに政策やプロジェクトが実施されると、不平等が増大し、有効性が低下する可能性があるのです。
日本のジェンダー平等の現状
©世界経済フォーラムJapan
このようにSDGsのなかで重要な意味を持つジェンダー平等の推進への取り組みが、日本においては著しく遅れています。
世界経済フォーラムが発表した「グローバルジェンダーギャップ指数2021」 によると、日本は156カ国中120位で主要先進国(G7)では断トツの最下位です。
分野別では、健康(65位)や教育(92位)では平均並みですが、経済(117位)や政治(147位)では最低のレベルです。とりわけ意思決定の場に女性が少ないことが大きな問題です。
企業の役員に占める⼥性の割合は8.4%(図1)、衆議院の⼥性議員⽐率は9.9%(図2)、菅内閣の閣僚20人中、女性は2人だけです(ちなみにフィンランドで2019年末に誕生した内閣では、女性のマリーン首相をはじめ、19人の閣僚のうち12人が女性です)。
(図1)「企業の役員に占める女性の割合」男女共同参画推進連携会議資料|男女共同参画局
※クオータ製とは性別を基準に一定の人数や比率を割り当てる手法
(図2)「衆議院の女性議員比率」男女共同参画推進連携会議資料|男女共同参画局
このように日本では、国会議員、政治家・経営管理職、教授・専門職等、社会のリーダーシップを発揮すべき分野で、ジェンダー平等の遅れた状態がずっと続いているのです。女性の能力が十分に生かされていないことは、企業や日本社会にとって大きな損失です。
これらの指標が示唆するのは、日本の社会で男性・女性が平等であるために解決していかなくてはいけない問題がたくさんあるということです。
ジェンダーの平等実現に必要な取り組み
ジェンダーの問題は「女子が不利」という単純な課題ではありません。男女間の不平等は、女子にとっても男子にとっても有害なのです。全ての人が、性別を取り巻く社会的規範に縛られることなく人生を歩めるよう考えていく必要があります。
また、このジェンダーの平等が推進されないと、経済の発展も停滞してしまい、日本は衰退の一途を辿るといっても過言ではないでしょう。女性幹部が多い企業は、女性幹部の少ない企業より業績が良いとの研究結果もあります。
政治・経済で女性が活躍できない理由の一つは、家事や子育てといった家族の世話をほとんど女性が行っているからでもあります。
ジェンダーの平等実現に必要な取り組みの方法として以下にいくつかのアプローチと各国での事例を紹介します。
ポジティブ・アクション
ポジティブ・アクションとは、社会的あるいは構造的な差別によって不利益を被っている人に対し、一定の範囲において特別の機会を提供するなど、実質的な機会均等を実現する暫定的な処置です。その手法は主に3つであり、それぞれ以下のとおりです。
・クオータ制(性別を基準に一定の人数や比率を割り当てる手法)
・ゴール・アンド・タイムテーブル方式(指導的地位に就く女性等の数値に関して、達成すべき目標と達成までの期間の目安を示してその実現に努力する手法)
・基盤整備を推進する方式(研修の機会の充実、仕事と生活の調和など女性の参画の拡大を図るための基盤整備を推進する手法)
これらの取り組みにつき、各国の事例を見てみましょう。
ドイツ
ドイツでは、女性クオータ法(民間企業及び公的部門の指導的地位における男女平等参加のための法律)が制定されています。職場で意思決定を行う上層部の男女平等を進めることで、一般労働者にも男女平等の実現を期待して定められたものです。同法で定められているのは、大手企業108社の法的義務と、大手企業約3500社の自主目標の設定義務です。
このほか、公務や公的機関にも女性クオータ法が規定され、法律によって、男女が職場において平等に意思決定権をもてるようにしているのが特徴です。
ノルウェー
ノルウェーでもドイツで取り上げたような、クオータ制が導入されています。ノルウェーの特徴は、規模の大きい会社に限らず、すべての株式会社を対象にしている点です。
取締役の人数に応じて、2~3人なら男女どちらも含まなければならないなど、細かな規定があります。規定を守らなかった場合、企業名の公表や解散など制裁を受ける可能性もあり、厳格です。
フィンランド
フィンランドは、これまで男性と女性で異なる出産育児休暇の日数を制度で定めていましたが、2021年から、両親がそれぞれ164日間の有給育児休暇を取れるようにしました。
まとめ
SDGsの目標5であるジェンダー平等の実現は、全人類が基本的人権を得るために重要です。世界の一部では現在も女性や女児に対する差別が残り、苦しい境遇を生きている人も多いのです。また日本での取り組みは世界的にも著しく立ち遅れています。すみやかな改善が求められますが、習慣や考え方だけではなく、経済面や政治関係など問題は複雑です。
それだけに法律の改正や政策措置の導入も必要です。政府や企業の本気度も試されます。またジェンダーや多様性を大事にしない企業は、今後若者から選ばれなくなります。
しかしながら政府や関係機関が動くだけでは完全な改善は難しいのです。それだけに私たち一人ひとりが意識して生活していかなければなりません。
「家事や子育ては女性がするものだ」という固定観念が日本は強く残っており、育児休暇などの制度はあるものの、妊娠を機に退職を余儀なくされるケースも少なくありません。そこで、家族の役割について話し合うことも、身近でできるジェンダー平等の取り組みです。男の子や女の子の役割を固定することも避けるべきです。
細かなことでも少し意識して変えるだけで、ジェンダーの平等の機会を増やしていくことに繋がります。
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